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ビットコインの相場は予測可能か? (7)最終回 ビットコイン市場に投資理論は通用するのか

仮想通貨と投資理論

第5回までの記事では株価を中心とした一般の投資理論の解説を、そして第6回は仮想通貨についての概略を解説しました。そしてとうとう今回、核心である「仮想通貨相場の予測」について議論したいと思います。少々長くなりますが、お付き合い頂けますと幸いです。

 

これまでに私達は、相場を予測する2種類の手法について学びました。1つは「ファンダメンタル分析」でした。金融商品の本来の価値(ファンダメンタル価値)を算出し、ファンダメンタル価値より安い時に買い、ファンダメンタル価値より高い時に売ることで、その差額を利益とする手法です。2つ目は「テクニカル分析」でした。過去の相場変動(チャート)を分析し、チャート変化の傾向を見つけることで、未来の相場変動を予測する手法です。

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これらの手法が、仮想通貨の相場に通用するのかを見ていきましょう。

 

テクニカル分析は仮想通貨に通用するか

数百年の歴史を持つ株式相場ですら、テクニカル分析による予測は困難であることを、第5回の記事で説明しました。その論理は、そのまま仮想通貨の相場に当てはめることができます。

テクニカル分析により相場を予測するためには、自らの力でアノマリー(ランダムでない相場変動)を発見するしかありません。それが、一個人の力では到底無理なことは、説明した通りです。

さらに、仮想通貨の場合、もう一つの大きな問題を抱えています。テクニカル分析は、過去のチャートを分析してその傾向を見つけ出す手法です。数百年の歴史を持つ株価と違い、仮想通貨の相場は誕生してから間もありません。そもそも、分析可能なだけのチャートの量がほぼ無いのです。

 

すなわち、テクニカル分析による仮想通貨の相場予測はほぼ不可能ということになります。

 

ファンダメンタル分析は仮想通貨に通用するか

次に、ファンダメンタル分析の検討をしてみます。まず、株式相場におけるファンダメンタル分析について復習しましょう。

株式市場においては、特定の条件においては相場の予測が可能であることを説明しました。それは、中小企業やベンチャー企業など、投資家の目が行き届いていない企業で、株価がファンダメンタル価値より低く放置されている場合です。

 

仮想通貨に置き換えて考えてみましょう。いまさら説明の必要も無いでしょうが、ビットコインは最も有名な仮想通貨です。「投資家の目が行き届いていない」状態とは程遠いと言えます。つまり、この段階で既にビットコインファンダメンタル分析の対象から外れるのです。

それでは、「投資家の目が行き届いていない」仮想通貨は、何があるでしょうか。仮想通貨と言ってもビットコイン以外にも多くの仮想通貨が存在します。有名なものとしては、イーサリアムリップルなどが挙げられます。その他にも多種多様な仮想通貨があり、その中でも時価総額が少ないマイナーなコイン、いわゆる「草コイン」も存在します。この草コインこそが、「投資家の目が行き届いていない」仮想通貨と言えるでしょう。

 

仮想通貨に内在する大きな問題

株式市場と同じ論理を使うとすれば、時価総額が少なく投資家の目が届いていない草コインは、ファンダメンタル分析の余地があるように思われます。しかしながら、ここで一つの大きな問題が生じます。それは、「仮想通貨のファンダメンタル価値とはなんなのか」という問題です。

株式市場の場合、ある株式には、現実にその株式を発行している会社が存在し、そしてその株を持っていることによって得られる配当金があり、それらの要素を足し合わせることで、その株が持っている本来の価値(=ファンダメンタル価値)を算出することができます。

 

一方、仮想通貨の場合はどうでしょうか。無論、仮想通貨には配当金は存在しません。また、第6回の記事で説明したように、仮想通貨は日常生活で用いる法定通貨とは大きく異なります。仮想通貨は「国家からの自由」を謳う通貨です。管理・運用主体が存在せず、支払い能力を保障する強制通用力も持ち合わせていません。

 

ファンダメンタル価値とは、「本来持っているべき価値」のことです。しかしながら、上で説明した通り、仮想通貨にはその価値を保障する拠り所が存在しません。すなわち「本来の価値」が存在しないのです。最新の研究*でも、ビットコインのファンダメンタル価値がゼロであることが報告されています。

*) E.-T. Cheah and J. Fry, Economics Letters 130, 32 (2015).

 

さて、ファンダメンタル分析とは、「ファンダメンタル価値より安い時に買い、ファンダメンタル価値より高い時に売ることで、その差額を利益とする手法」でした。

ところが、仮想通貨のファンダメンタル価値はゼロなのです。果たして、仮想通貨の相場では一体何が起こっているのでしょうか。

  

ファンダメンタル価値からの乖離、その名も

ファンダメンタル価値は「本来の価値」ですから、理想的には、全ての金融商品の価格はファンダメンタル価値へと落ち着くはずです。しかし、現実はそうはなりません。取引を行っている投資家全員が、相場に関する情報を全て完璧に把握することはあり得ないからです。しかし、投資家同士がそれなりに信頼性のある情報を共有していれば、相場はファンダメンタル価値の周辺で細かく変動するに留まるはずです。

ところが、何らかのきっかけで、相場がファンダメンタル価値を大きく上回るような状況が存在します。見かけ上の価値が、本来の価値を大きく上回ってしまうのです。この「ファンダメンタル価値からの価格の乖離」は、一般的にはバブルと呼ばれる現象です。

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歴史が証明している通り、通常の株価などにおいてもバブルは発生しえます。根拠のない相場の過熱によって、株価が急騰していくのです。しかしながら、その後待っているのはバブルの崩壊です。「崩壊しないバブルは無い」との言葉もある通り、バブルとは一時のみの異常事態であり、いずれファンダメンタル価値に向かって相場は急落する運命なのです。

 

「仮想通貨のファンダメンタル価値はゼロ」「ファンダメンタル価値からの価格の乖離がバブル状態」という2つの事実から、ある答えが導かれます。それは、仮想通貨は値段が付いた時点でバブル状態であるということです。私達は、ビットコインの値段が上がった、下がったと一喜一憂していますが、その相場も全てバブルが引き起こしているのです。 

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何故バブルが発生するのか

それでは、そもそも何故バブルが発生するのでしょうか。価格がファンダメンタル価値を中心にして上下するだけであれば、ファンダメンタル価値からの大幅な乖離など発生しないのではないでしょうか。

実は、「バブルが何故発生するのか」という問いに対して、明確な答えはありません。しかし、現時点で説明可能な理論が2つあります。

 

1つ目は、行動経済学からの説明です。ある株の株価が継続的に上がっているのを見た人は、「今後も上がるのではないか」と考え、その株を買いたくなるでしょう。そのような人が多くいれば、その株の買い手が増えることから、株価はさらに上がります。すると、買いたい人が再び増えます。このように「株価が上がった株は買いたくなる」という正のフィードバックがバブルを発生させるという説明です。

 

2つ目は、カオス理論からの説明です。投資家一人一人の「売りたい」「買いたい」といった感情が相場の変動を引き起こし、相場の変動が投資家の感情変化を引き起こします。このプロセスを多数繰り返した時に、予測不能な相場変動が生じる、という説明です。

 

重要なことは、上記のどちらの説明においても、「人間心理」という不確かなモノがバブル発生の原因であるということです。そして、バブルがそういった不確かなモノから発生している以上、このどちらの説明においても、バブルの生成・崩壊は予測不能なのです。

 

常にバブル状態である仮想通貨は、いつ価格が急騰し、いつ価格が暴落するのか、誰にも予測ができないことになります。

 

ビットコインの相場は予測可能か?

長い旅路でしたが、とうとう私達は「ビットコインの相場は予測可能か?」という疑問に対する答えを得たことになります。

相場を予測する「テクニカル分析」「ファンダメンタル分析」のどちらも、仮想通貨には通用しないということが明らかになりました。

得られた結論は、ビットコインの相場はたとえ誰であっても予測不能だということです。

 

それは、投資の初心者であろうが、熟練の投資家であろうが、誰にとっても変わりません。

ビットコインへの投資は、そのお金の行方をそっくりそのまま天の意志に任せていることにほかならないのです。

 

最後になりますが、この記事は「仮想通貨の相場は誰にも予測できないから、投資するべきではない」という目的で書いたわけではありません。人間は本質的にギャンブルが好きですから、予測のできない賭けに対してお金を投じる生き物です。

そうではなく、「自分もビットコインで一儲けできるのかな」とか「仮想通貨って結局なんなんだろう」という疑問を抱えた人に対して、一つの解答を用意したくて書いたものです。

 

この記事が、読者の皆様が仮想通貨の投資を検討する上で一つの材料になれば、私にとって何よりの幸せです。

 

 

 

参考文献 

池尾和人『現代の金融入門』

板谷敏彦『金融の世界史』

田渕直也『ファイナンス理論全史』

中島真志『アフター・ビットコイン