ビットコインの相場は予測可能か? (3) 投資理論への反逆 -ランダムウォーク理論-
投資理論は正しいのか
誰もが一度は「投資で一攫千金」という夢を見るのではないでしょうか。そんな夢を獲物にするかのように、世間には相場予測の情報が溢れかえっています。前回は、そんな相場予測の手法として「ファンダメンタル分析」と「テクニカル分析」を説明しました。
そして、その結果生じる「この方法を使えば本当に誰でも儲けられるのか?」という疑問。
すなわち、投資理論は正しいのか?という問いについて、今回は考えてみましょう。
歴史に学ぶ
投資理論が長い歴史を持つことは説明しました。そこで、ここからは、過去の歴史を追体験する形で疑問への回答を探していきましょう。
チャートを分析するテクニカル分析の始まりは、「ダウ平均株価」でもその名が知られるチャールズ・ダウ(1851-1902)だと言われています。ダウの「ダウ理論」によってテクニカル分析が幕を開けると、その後、コンピュータの発達によってチャートの分析手法は発達を続け、テクニカル分析は隆盛を極めました。
テクニカル分析の基本的な考え方は、チャートの分析によって機械的に売買のタイミングを決定するというものです。テクニカル投資家は、この条件の時はこの法則、この条件の時はこの法則、と様々なチャート分析によって相場を予測します。
ところが現実には、テクニカル分析をして売買しても、結果は勝ったり負けたりだったのです。このとき投資家が抱えていた疑問が、まさに上記の疑問です。すなわち、当時の投資家も「テクニカル分析の手法はどんどん発達していくけれども、果たしてこのテクニカル分析は本当に正しいのか?」と思い始めていました。
そんな時、投資の世界に恐るべき理論が侵入してきました。それは、それまで培った投資分析を真っ向から否定するような理論です。その理論は、「ランダムウォーク理論」とよばれるものでした。
ランダムウォーク理論の登場
ランダムウォーク理論とは、その名の通り「相場は完全にランダムに動く」という理論です。投資理論は、相場に関する情報を分析することにより、未来の相場を予測するためのものでした。ランダムウォーク理論は、そんな投資理論の全てを否定し、相場の予測など無意味だと主張するのです。
もちろん、何の根拠も無しにランダムウォーク理論が広まったわけではありません。
もともと投資家の間では、相場の予測精度は疑問視されていました。そんな中、ランダムウォーク理論の正当性を裏付けるような調査結果が発表されます。
1969年、115社のファンドを10年間調査して、市場平均に勝てたファンドはわずか26社だという調査結果が公表されました。市場平均とは、株式市場の価格の平均値のことです。すなわちこの調査結果は、テクニカル分析で相場を予測して株を買うよりも、株式市場の平均を機械的に買った方が儲けられるということを示していました。
プロのテクニカル分析家に任せるより、市場平均となるような株式の組合せ(ポートフォリオ)を持っていた方が利益を上げられることが数々の検証により判明したのです。
その後もランダムウォーク理論の正当性を裏付けるようなデータが次々と現れ、ランダムウォーク理論は次第に浸透していきました。1980年代の後半には、機関投資家でチャートを分析する専門家がほぼ居なくなったそうです。プロの投資家ですら、相場は予測できないものだと認めたのです。
相場はなぜランダムウォークか
数々の検証によって、どうやら相場はランダムに動くらしいことがわかりました。さて、それではなぜ相場はランダムに動くのでしょうか。
ランダムウォーク理論は、「効率的市場仮説」とよばれる仮説により裏付けられています。効率的市場仮説とは、「市場は常に最新の情報と投資家の意思を反映している」という仮説です。
投資家がある企業の株を買うか売るかを決める際には、何らかの情報を参考にしているはずです。たとえばその企業が新商品を発表したとか、不祥事が判明したとか、はたまた政治家の発言も影響があるかもしれません。
仮に、その情報が発表された直後に、世界中の投資家が一斉に売買したとします。すると、その時点で、その株の価格変動に関する情報は、全て株価に織り込み済みということになります。
現在の価格が過去の全ての情報を反映したものだとしたら、その次の瞬間にどのような価格変動を起こすかは、誰にも分からないことになります。なぜなら、その次の瞬間の価格は、その次の瞬間の情報を元に決定されるからです。このように、投資家が情報を即座に市場に反映する(効率的に売買する)という仮説が効率的市場仮説です。すなわち、効率的市場仮説が正しければ、相場は完全にランダムに動くため、予測は一切できないことになります。
下の図は、日経平均株価の1日毎の価格変動をヒストグラム化したものです。ヒストグラムの形状が、綺麗なつりがね型の分布(正規分布)をしていることがわかります。ヒストグラムが正規分布型をしていることは、相場がランダムに変動していることの統計的証拠となります。日経平均だけでなく、その他の株式指標で同様な統計を取っても正規分布になることが知られています。
結局
これまでの内容をまとめましょう。
前回の投稿では、相場の予測方法について説明しました。しかし今回登場したランダムウォーク理論は、その考えを真っ向から否定しました。そして、ランダムウォーク理論は「プロの投資家よりも市場平均の方が優秀」という実証的根拠と、「相場が正規分布に従う」という統計的根拠により裏付けられました。
さて……それでは、相場の予測は本当に一切不可能なのでしょうか?
まだその結論を出すのは早計なようです。
次回は、投資の世界を荒らし回ったこの「ランダムウォーク理論」について、もう一度よく考えてみたいと思います。
参考文献
池尾和人『現代の金融入門』
板谷敏彦『金融の世界史』
田渕直也『ファイナンス理論全史』