丸猫解説 -学術解説ブログ-

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ビットコインの相場は予測可能か? (4) 市場は本当にランダムなのか

ランダムウォーク理論が生んだ反発

 「相場は全てランダムに動く」と主張するランダムウォーク理論。前回は、そんなランダムウォーク理論の概要と、それを根拠付ける効率的市場仮説について説明しました。

さて、ランダムウォーク理論が主張する通り、相場が全てランダムに動くとしたら、相場の予測は無意味ということになります。そんなランダムウォーク理論は、投資家から激しい反発を受けることになりました。仮にランダムウォーク理論が正しければ、一生懸命相場を読んだり銘柄を選んでいる投資家の努力は、何の意味も持たないことになってしまうからです。

それ以降の投資理論の歴史は、「ランダムウォーク肯定派」と「ランダムウォーク否定派」との争いの歴史であったとも言えます。今回は、前回に引き続き歴史になぞり、肯定派と否定派との闘いを見ていくことにしましょう。

 

ランダムウォーク肯定派 vs ランダムウォーク否定派

 ランダムウォーク理論は、「プロの投資家よりも市場平均の方が優秀」という実証的根拠と、「相場が正規分布に従う」という統計的根拠により裏付けられていました。これらの強力な根拠を覆すためには、ランダムウォーク否定派としても、何かしら説得力のある根拠を用意する必要があります。

 

否定派の反論

ランダムウォーク否定派が肯定派へ反論するための方法として、簡単なものが一つ挙げられます。「この方法を用いれば投資で儲けることができる」と主張して、実際にその方法で儲けてみせれば良いのです。ランダムウォーク理論が正しければ、どんな方法でも儲けるか損するかは五分五分です。仮にその「投資で儲ける方法」で継続的に利益を上げられるとしたら、それがランダムウォーク理論への反例となります。

そんな「投資で儲ける方法」を実際に実践してみせた伝説の投資家がいました。ウォーレン・バフェット(1930-)です。バフェットは、優良企業の株を長期保有するという方法で、約60年もの間、平均して20%以上の投資リターンを維持しました。仮に相場がランダムウォークであると仮定した場合、バフェットと同じ実績となる確率は1億分の1であり、限りなく低いものとなります。「バフェットは着実に利益を出し続けている」、これが投資家からランダムウォーク肯定派への反論です。

 

肯定派の反論

それに対して、ランダムウォーク肯定派は次のように反論しました。「確かに1億分の1の確率は低い確率だが、世界の人口を考えればあり得ない確率ではない」と。

確かに、世界人口が数十億人であることを考えたら、1億分の1は十分起きうる確率です。すなわちランダムウォーク肯定派の立場では、「飽くまでバフェットも運が良かっただけ」で説明できてしまうのです。

バフェットという伝説的投資家の存在により成功するかに見えたランダムウォーク否定派の反論は、再び降り出しに戻ってしまいました。やはり「相場はランダムに動く」という理論を覆すことはできないのでしょうか。

 

再び否定派の反論

ここでランダムウォーク否定派が目をつけたのは、肯定派がその根拠としていた効率的市場仮説でした。

効率的市場仮説とは、「市場は常に最新の情報と投資家の意思を反映している」ために相場がランダムとなり、その結果としてヒストグラム正規分布となるという主張でした。正規分布は、数学的に計算できる分布です。ここで、前回掲載した日経平均ヒストグラムに理論上の正規分布のグラフを重ね合わせてみましょう。

 

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これを見ると、確かにヒストグラムは概ね正規分布と一致した分布です。しかし、決定的に違う部分があります。それは、矢印で示した「±5%以上」の領域です。

理論上の正規分布では、この領域ではほとんどゼロとなっています。仮に相場が正規分布に従うとしたら、1日で5%以上の相場変動がある日は0.013日しか存在しません。しかし、現実の相場では、50日近く存在しているのです。

すなわちこれは、理論上だと4000年に1度しか起こらないはずの相場変動が、ほぼ毎年発生していることを意味します。これは、ランダムウォーク理論に生じた、僅かな隙でした。この結果を出されてもなお「相場は完全に正規分布に従っている」と主張するのは、さすがに無理があるでしょう。

 

相場はランダムではなかった

このヒストグラムから分かる通り、相場は時として、正規分布では説明できない、特異な動きを示すのです。そしてこれによって、ついに、相場は完全なランダムではないことが判明しました。そして、そのような正規分布では説明できない特異な相場変動は”アノマリー”と呼ばれます。

 

アノマリーはなぜ生じるか

 それでは、なぜアノマリーが生じるのでしょうか。その秘密は、効率的市場仮説に隠されていました。

繰り返しになりますが、効率的市場仮説とは、市場は常に最新の情報と投資家の意思を反映しているため、相場はランダムになるという理論です。

しかし少し冷静になってみると、全世界で何千何万とある株式の全ての銘柄に対して、投資家が常に最新の情報を収集し、即座に売買を実施していることなど考えられるでしょうか。アップルやトヨタなど、有名な株であれば近いことが行われているかもしれません。しかし、非常にマイナーで時価総額も低い株式に対して、投資家が常に最新の情報を収集するとはとても考えられません。

すなわち、効率的市場仮説とは、現実の投資の一部を単純化したモデルでしか無かったのです。

 

現実の相場の動きは・・・

 とはいえ、現実の相場では、多くの場合はランダムウォークに近い動きをします。それは、多くの場合においては、効率的市場仮説が成り立つような状況で売買が行われているからです。一方で、その範囲を外れるような場合は、アノマリーとして特殊な相場変動が引き起こされます。

「ほとんどはランダムだが、一部でランダムでない動きをする」というのが、現実の相場を説明する最も正確な表現でしょう。

 

まとめ

 一時、投資の世界を席巻したランダムウォークでしたが、アノマリーの存在により、完全なランダムではないことが証明されました。

そうなると、次なる興味は「相場が完全なランダムで無いならば、やはり儲ける方法があるのではないか?」ということでしょう。

 

次回は、これまでの議論を踏まえ、最終的に投資理論がどれほど通用するのかを考えてみたいと思います。

 

 

参考文献 

池尾和人『現代の金融入門』

板谷敏彦『金融の世界史』

田渕直也『ファイナンス理論全史』